アントニオ猪木が懐かしんだ昭和歌謡とは?「メロンはいかが」に刻まれた人生!

アントニオ猪木さんといえば、闘魂あふれるプロレスラーとして、昭和から平成にかけて多くの人々に勇気を与えた人物です。

しかし、晩年の猪木さんが病床で語った言葉の中に、昭和歌謡につながる意外なエピソードがありました。

それは、メロンを味わいながら口にした「メロンはいかが」という懐かしい歌の名前です。

この曲を歌ったのは、戦後の流行歌で人気を集めた暁テル子さんでした。

一つの歌の記憶から、戦後の暮らしと猪木さんの波瀾万丈の人生を振り返ってみましょう。

目次

アントニオ猪木が病床で懐かしんだ「メロンはいかが」とは?

2022年10月1日に亡くなったアントニオ猪木さんは、闘病生活を送る中でも、YouTubeを通じて自身の様子を発信し続けていました。

その動画の中で印象的だったのが、支援者から贈られたメロンを、ベッドの上で豪快に頬張る姿です。

おいしそうにメロンを味わっていた猪木さんは、ふと「昔『メロンはいかが』という歌があったね」と懐かしそうに語りました。

この何気ない一言が、昭和歌謡ファンにとって興味深い場面となりました。

「メロンはいかが」は、1951(昭和26)年に発売された、暁テル子さんの歌唱による作品です。

作詞は井田誠一さん、作曲・編曲は佐野鋤さんが担当しました。

暁テル子さんは、同じ1951年に「東京シューシャインボーイ」がヒットしたことでも知られる歌手です。

「メロンはいかが」は、現在では耳にする機会が少なくなった作品ですが、戦後の和製ジャズを語るうえで興味を引く一曲です。

猪木さんがこの曲を口ずさんだわけではありません。

それでも、曲名を覚えていたことから、少年時代に耳にした歌が長い年月を経ても記憶に残っていたことがうかがえます。

アントニオ猪木が思い出した昭和のメロンと戦後の暮らしとは?

「メロンはいかが」という曲名から、当時の日本の暮らしにも目を向けてみましょう。

1951年といえば、終戦からまだ6年ほどしか経過していない時代です。

戦後復興が進み始めていたものの、誰もが豊かな生活を送れる状況ではありませんでした。

現在では身近な果物となったメロンも、当時は高級品として扱われ、庶民にとって気軽に食べられるものではありませんでした。

温室栽培や流通が現在ほど普及していなかったことも、その希少性に関係していました。

猪木さんは1943年生まれです。

幼少期から少年時代にかけて、戦後の社会が大きく変化していく様子を経験しています。

さらに、実家の事業が戦後に行き詰まったこともあり、決して順風満帆な環境ではありませんでした。

少年時代には簡単に口にできなかったかもしれないメロンを、晩年の病床で豪快に味わう姿には、時代の移り変わりを感じさせるものがあります。

もちろん、猪木さんが当時メロンを食べられなかったと断定することはできません。

しかし、戦後の苦しい時代を知る人にとって、高級な果物を味わうことには、現在とは違う特別な意味があったのではないでしょうか。

その姿を見ていると、単にメロンを食べているというだけでなく、長い波瀾の人生を歩んできた猪木さんの姿が重なって見えてきます。

アントニオ猪木の波瀾万丈の人生と昭和歌謡の記憶!

猪木さんの人生を振り返ると、その歩みはまさに波瀾万丈でした。

少年時代を経てブラジルへ渡り、力道山に見いだされてプロレスの世界へ進出。

その後、新日本プロレスを旗揚げし、異種格闘技戦にも積極的に挑戦しました。

さらに、事業への挑戦や政界進出など、リングの外でも数々の話題を生み出しました。

一方で、事業上の困難や病魔との闘いにも直面しています。

そんな人生を歩んだ猪木さんが、晩年にメロンを味わいながら思い出したのが、少年時代にも耳にした可能性のある昭和の流行歌でした。

「メロンはいかが」という一曲は、猪木さんの人生そのものを歌った作品ではありません。

しかし、その歌の記憶を通して、戦後の少年時代から晩年までの長い時間を想像することができます。

「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉があります。

流行歌には、その時代の風景や人々の暮らし、そして個人の思い出が刻まれています。

猪木さんの何気ない一言は、昭和歌謡が単なる懐かしい音楽ではなく、それぞれの人生に結びついた記憶でもあることを教えてくれるようです。

まとめ

  • アントニオ猪木さんは、晩年にメロンを味わいながら、昭和歌謡「メロンはいかが」を懐かしんでいました。
  • 「メロンはいかが」は、1951年に暁テル子さんの歌唱で発売された作品で、作詞は井田誠一さん、作曲・編曲は佐野鋤さんです。
  • 当時のメロンは高級品であり、曲の記憶をたどることで、戦後の暮らしや時代の変化を振り返ることができます。
  • ブラジル移住、プロレス界での活躍、事業や政界への挑戦、病との闘いなど、猪木さんの人生は波瀾に満ちていました。
  • 一つの懐かしい歌から、その人が生きた時代や人生まで思いを巡らせられることこそ、昭和歌謡の大きな魅力なのではないでしょうか。

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