二葉あき子さんは、完璧な歌唱で知られる昭和を代表する歌手です。
しかし、その舞台裏には意外な苦労や人間味あふれるエピソードが隠れていました。
若い頃には歌詞暗記に悩み、時には大舞台で言葉が飛んでしまうこともありました。
さらに、現代では当たり前のカラオケを一度も歌わなかったという徹底したこだわりもあります。
今回は、そんな二葉あき子さんの“知られざる素顔”をひも解きます。
二葉あき子は若い頃、歌詞暗記に苦労していた!

二葉あき子さんは東京音楽学校(現・東京藝術大学)出身のエリート歌手として知られていますが、若い頃は歌詞の覚え方がわからず苦労したと自伝で語っています。
新曲をもらうと、まずピアノでメロディーを覚え、歌詞はカードに書き写して受験勉強のように暗記したそうです。
しかし、どれだけ準備しても、舞台では緊張や体調不良で突然ど忘れしてしまうことがあったといいます。
歌手としての華やかな姿からは想像できませんが、完璧な歌唱の裏には地道な努力と不安との戦いがあったのです。
二葉あき子は舞台で歌詞を忘れたことがあった!

自伝の中でも特に印象的なのが、浅草国際劇場での出来事です。
24〜25歳の頃、「古き花園」を歌っている最中、二番の出だしである“古き柳の陰”がどうしても出てこなかったといいます。
その瞬間、口をついて出たのはなんと「古きなんとかのハゲ……」。
観客も驚いたに違いありませんが、本人は「若い歌手に偉そうに言えない」とユーモアを交えて振り返っています。
また、戦後の日劇では「巴里の屋根の下」で一小節すっ飛ばしてしまい、楽団を慌てさせたこともあったそうです。
それでも堂々と歌い続けたため、観客は気づかなかったといいます。
このエピソードからは、失敗しても動じないプロとしての度胸とユーモアあふれる人間味が伝わってきます。
二葉あき子はカラオケを一度も歌わなかった!

意外なことに、二葉あき子さんはそれまでの生涯で一度もカラオケを歌わなかったと明言しています。
バーやスナックに行っても歌わず、NHKラジオ出演時にカラオケ伴奏だと聞くと「カラオケなら歌いたくない」と断ったほどです。
その理由は、単なる好みではありません。
彼女は「お客さまに心を全部さし上げたい」と語り、カラオケだとテンポに気を取られ、心が演奏に奪われてしまうと感じていたのです。
さらに、プロ歌手がカラオケで歌うようになり、バンドマンが失業したという話を聞き、自分を支えてくれた演奏家への敬意もあったといいます。
アメリカ公演でもカラオケ伴奏だったため、「私がお金を払いますから」と言ってピアニストを探させたという逸話も残っています。
その結果、ロサンゼルス土産を買う余裕がなくなったというオチまでついており、彼女の誠実さと頑固さがよく表れています。
まとめ
二葉あき子さんは、国民的歌手として完璧な歌唱を披露し続けた一方で、歌詞暗記に悩み、舞台で言葉が飛ぶこともあったという意外な一面を持っていました。
また、カラオケを一度も歌わなかった徹底したこだわりは、観客への誠実さと生演奏への深い敬意から生まれたものです。
華やかな舞台の裏には、努力と信念、そして人間味あふれる素顔がありました。
こうしたエピソードを知ることで、二葉あき子さんの歌がより深く心に響くのではないでしょうか。









コメント