昭和を代表する歌手・二葉あき子さんがこの世を去ってから、すでに長い年月が流れました。
しかし、その歌声や人生の軌跡は今なお多くの人々の心に生き続けています。
2012年11月3日、広島市内で開催された「二葉あき子を偲ぶ会」は、その存在の大きさを改めて感じさせる貴重な集いとなりました。
筆者は晩年の二葉さんをご家族とともに見守らせていただいたご縁から、会の中で二葉さんの生涯や楽曲について紹介する機会をいただきました。
そこでは代表曲だけでなく、あまり知られていない名曲にも光が当てられました。
今回は、偲ぶ会の舞台裏とともに、二葉あき子という歌手の知られざる魅力を振り返ります。
二葉あき子を偲ぶ会で感じた今も続く人々の愛情!

二葉あき子さんは2011年8月16日、広島市内の施設でご家族に見守られながら96歳で永眠されました。
戦前・戦中・戦後という激動の昭和を生き抜き、日本の流行歌史に大きな足跡を残した存在でした。
その翌年の文化の日に開催された「二葉あき子を偲ぶ会」は、単なる追悼行事ではありませんでした。
県内外から多くのファンや関係者が集まり、二葉さんの人生や歌声を改めて振り返る温かな会となりました。
当日は前広島市長の秋葉忠利氏も出席され、会場には終始和やかな空気が流れていました。
特に印象的だったのは、二葉さんが亡くなった後もなお、多くの人々がその存在を忘れず支え続けていたことです。
それは歌手としての人気だけでなく、一人の人間として愛されていた証でもあったように感じられました。
二葉あき子の人生と歌声を20分で伝える難しさ

筆者に与えられた持ち時間は20分でした。
その限られた時間の中で、生い立ちから代表曲、そして晩年までの歩みを紹介しました。
さらに会場では、HTB制作の特集番組「人生のプラットホーム」の編集映像も上映されました。
映像を通じて、多くの来場者が改めて二葉さんの足跡をたどることができたのです。
しかし、二葉あき子という人物を語る上で欠かせないのは、単なる経歴ではありません。
苦難を乗り越えながら歌手として生き抜いた強い意志こそが、彼女最大の魅力だったのです。
戦争による混乱、時代の変化、音楽業界の移り変わり。
その中で第一線を走り続けた経験は、現在の歌手たちにも通じる貴重な歴史と言えるでしょう。
二葉あき子が愛した知られざる名曲に込めた想いとは?

偲ぶ会では代表曲だけでなく、埋もれた名曲についても紹介しました。
その中でも特に印象深いのが「情婦マノンの唄」と「夜のトランプ」です。
「情婦マノンの唄」は1950年公開のフランス映画『情婦マノン』を題材にした作品です。
当時、喉を痛めていた二葉さんはこの曲を吹き込んだ後、自らレコードを何度も聴き返したといわれています。
そして「やはり歌手の道を進もう」と決意したきっかけになったとも伝えられています。
一方、「夜のトランプ」は戦後ジャズ歌謡の隠れた名曲です。
英語ジャズのリズム感を取り入れながらも、日本語の美しいアクセントを損なわない高度な歌唱が特徴でした。
二葉さんは高音を無理に張り上げず、深みのある低音で楽曲の世界観を表現しています。
コントラルト歌手としての魅力が最も色濃く表れた作品であり、現在聴いても都会的で洗練された印象を受けます。
こうした名曲の存在は、二葉あき子が単なるヒット歌手ではなく、高い芸術性を持った表現者であったことを物語っています。
まとめ
- 二葉あき子を偲ぶ会は、多くの人々の愛情に包まれた温かな集いでした。
- 晩年を広島で過ごした二葉あき子さんは、亡くなった後も多くの人々に慕われ続けています。
- 「情婦マノンの唄」は歌手人生の転機となった重要な作品です。
- 「夜のトランプ」はコントラルト歌手としての魅力が凝縮された隠れた名曲です。
- 二葉あき子の歌声と人生は、今後も語り継がれるべき昭和歌謡の貴重な財産です。
前回の記事はこちら↓をご覧ください。


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