『君の名は』で、運命に翻弄される男女を演じた岸惠子と佐田啓二。
二人の切ない恋は、1950年代の日本中を夢中にさせました。
しかし、スクリーンを離れた二人は、まったく異なる人生を歩むことになります。
岸惠子はフランスへ渡り、佐田啓二は家庭を築きました。
そして佐田を突然襲った悲劇について、息子の中井貴一が後年、語っています。
今回はその点について、着目したいと思います。
岸惠子と佐田啓二が『君の名は』で演じた運命の恋とは?
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1953年に公開された映画『君の名は』で、岸惠子は氏家真知子、佐田啓二は後宮春樹を演じました。
戦後の東京を舞台に、数寄屋橋で出会った二人が何度もすれ違いながら惹かれ合う物語は大ヒットしました。
岸惠子と佐田啓二が演じた春樹と真知子は、「会いたいのに会えない男女」の象徴となったのです。
真知子が巻いた白いストールは「真知子巻き」と呼ばれ、社会現象になるほどの人気を集めました。
映画は第1部、第2部、第3部へと続き、二人は一躍、戦後を代表するスターとなります。
ただし、映画の恋と現実の二人の関係は同じではありません。
二人が実生活で恋人だったと断定するのではなく、映画で恋人を演じた二人が、その後それぞれ別の人生を選んだと捉えるのが適切です。
岸惠子と佐田啓二、それぞれが選んだ人生とは?
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『君の名は』で大スターとなった岸惠子は、1956年の日仏合作映画『忘れえぬ慕情』をきっかけに、フランス人映画監督イヴ・シャンピと結ばれます。
そして1957年に結婚し、パリへ渡りました。
岸惠子は日本を離れ、国際結婚という大きな人生の転機を迎えたのです。
二人の間には娘が誕生しましたが、結婚生活は約18年で終わり、1975年に離婚しています。
岸惠子自身も後年、娘をめぐる出来事などを振り返りながら、離婚に至った経緯を語っています。
一方の佐田啓二は、撮影所近くの食堂で働いていた益子さんと結婚しました。
二人の間には長女・中井貴惠さんと長男・中井貴一さんが生まれ、家庭を築いていました。
華やかなスター人生の裏側で、佐田は妻と二人の子どもを持つ家庭人でもあったのです。
岸惠子と佐田啓二のその後の運命!中井貴一の証言とは?
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しかし、佐田啓二の人生は1964年8月17日、突然の悲劇によって大きく変わります。
長野県の蓼科から仕事のため東京へ向かう途中、交通事故に遭い、わずか37歳で亡くなりました。
長女の中井貴惠さんも、父がその朝、運転手とともに東京へ向かったことを回想しています。
その事故について、息子の中井貴一さんが2022年の『徹子の部屋』で語った内容が大きな注目を集めました。
中井貴一さんによれば、事故の原因は運転手の居眠りだったのです。
さらに印象的なのは、母・益子さんが子どもたちに事故の原因を詳しく伝えず、「運命だったのよ」と説明していたことです。
映画『君の名は』では、春樹と真知子が運命に翻弄されました。
そして現実の人生では、岸惠子が海を越え、佐田啓二は家族を残して37歳でこの世を去ります。
映画の中だけではなく、二人の人生そのものにも「運命」という言葉を重ねたくなるような出来事が待っていたのです。
まとめ
- 岸惠子と佐田啓二は『君の名は』で恋人役を演じ、戦後を代表するスターとなりました。
- 岸惠子はイヴ・シャンピと結婚してフランスへ渡り、娘をもうけた後、1975年に離婚しました。
- 佐田啓二は益子さんと結婚し、中井貴惠さんと中井貴一さんの二人の子どもをもうけました。
- 佐田啓二は1964年、37歳の若さで交通事故により突然亡くなりました。
- 中井貴一さんは『徹子の部屋』で、事故の原因が運転手の居眠りだったと明かしています。
- 『君の名は』で運命の恋を演じた二人は、現実では別々の道を歩み、それぞれの人生で大きな運命に向き合うことになったのです。
▼前回の記事はこちら↓をご覧ください。
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