藤山一郎は古賀政男とコロンビア復帰!結婚相手は「東京娘」?

昭和を代表する国民的歌手として、数々のヒット曲を残した藤山一郎。

テイチク時代には古賀政男とのコンビで、歌謡史に残る名曲を次々と世に送り出しました。

その後、古賀政男に誘われてコロンビアへ移籍し、再び大きな活躍を見せています。

そして昭和14年、29歳だった藤山一郎は、後に妻となる杉村以久と出会います。

いったい藤山一郎が結婚した女性は、どのような人物だったのでしょうか。

目次

藤山一郎は古賀政男とコロンビアへ!再び黄金コンビが始動

藤山一郎はテイチク時代、作曲家の古賀政男と組んで大きな成功を収めました。

「東京ラプソディー」「東京娘」「男の純情」「青い背広で」「青春日記」など、現在も知られるヒット曲を次々と発表しています。

当時の藤山一郎にとって、古賀政男は単なる作曲家ではなく、自身の歌の魅力を最大限に引き出してくれる重要なパートナーでした。

テイチクとの専属契約3年の期限が近づくと、藤山一郎は契約を継続するつもりだったとされます。

しかし、テイチクの首脳陣と営業方針をめぐって意見が合わなくなっていた古賀政男から、コロンビアへの移籍を誘われます。

こうして藤山一郎も古賀政男とともにコロンビアへ移籍することになりました。

コロンビアでは「上海夜曲」「懐かしのボレロ」「空の勇士」などを発表し、古巣ともいえるコロンビアで再び本領を発揮していきます。

藤山一郎は29歳で以久と出会う!妻となった女性の素顔とは?

コロンビアへの復帰を果たした藤山一郎に、人生の大きな転機が訪れます。

昭和14年、29歳だった藤山一郎は、知人を通じて杉村以久(すぎむら・いく)という女性を紹介されました。

彼女は、藤山一郎の後援会メンバーから紹介を受けた女性だったといわれています。

以久の実家は日本橋の三越近くにあり、大きな弁当の仕出し屋を営んでいました。

得意先には東京駅丸の内側の中央郵便局や官庁、大会社などもあり、手広く商売を行っていた家庭の女性だったようです。

興味深いのは、以久がもともと藤山一郎の熱心なファンだったわけではないという点です。

後援会の熱心なメンバーに誘われて入会したものの、特別なファンというほどではなかったとされています。

しかし、実際に交際してみると、藤山一郎は彼女の明るく活動的な性格に惹かれていきました。

さらに驚かされるのが、以久の行動力です。

跡見高女の出身で、在学中にはJOAK(現在のNHK)の唱歌隊に在籍していたとされます。

そして当時としては珍しく、女性でありながらゴルフを楽しむほど活動的な人でした。

まさに都会育ちの「東京娘」のイメージを彷彿とさせるお相手だといえます。

藤山一郎はゴルフで妻に完敗?プロポーズから乃木神社の結婚へ!

藤山一郎自身もゴルフには自信がありました。

そこで、ある日以久をゴルフ場へ誘います。

ところが、藤山を待っていたのは意外な展開でした。

以久は自分のゴルフセットを持参し、かなりの自信を見せていたのです。

実際にプレーしてみると腕前も相当なもので、ゴルフに自信のあった藤山一郎がたじたじになるほどだったと、自伝で振り返っています。

そんな彼女との時間を重ねるうち、藤山一郎は「この女性となら結婚してもいい」と思うようになります。

以久のほうも藤山と親しくなるにつれ、演奏会には必ず姿を見せるようになったといわれています。

二人はデートを重ね、藤山からのプロポーズまで、それほど長い時間はかかりませんでした。

ただし、結婚までが順調だったわけではありません。

以久の側からすれば、藤山一郎は銀行員でも商社マンでもなく、人気商売の歌手です。

当時の社会では、娘を人気歌手に嫁がせることには抵抗もあったと考えられます。

それでも藤山一郎は結婚への思いを貫き、二人は乃木神社で結ばれたとされています。

藤山一郎は30歳、妻となった以久は22歳でした。

歌謡界で人気の絶頂へ向かう藤山一郎を支えた女性は、単なる「人気歌手の妻」ではなく、音楽にも親しみ、ゴルフもこなす明るく活動的な女性だったのです。

まとめ

  • 藤山一郎は古賀政男に誘われ、テイチクからコロンビアへ移籍しました。
  • コロンビア復帰後は「なつかしのボレロ」などを発表し、再び脚光を浴びました。
  • 昭和14年、29歳の藤山一郎は杉村以久と出会いました。
  • 以久は跡見高女出身で、JOAK唱歌隊にも在籍していたとされています。
  • 当時としては珍しくゴルフを楽しむ、明るく活動的な女性でした。
  • ゴルフでは藤山一郎がたじたじになるほどの腕前だったと、自伝に記されています。
  • 藤山一郎30歳、以久22歳のとき、二人は乃木神社で結ばれたとされています。
  • 藤山一郎の華やかな歌手人生の陰には、若く活動的な妻・以久の存在がありました。

▼前回の記事は以下↓をご覧ください。

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