二葉あき子「青い花瓶」の秘密!幻の私家版カラオケ制作裏話とは?

二葉あき子の名曲といえば「フランチェスカの鐘」「夜のプラットホーム」「水色のワルツ」などが知られていますが、実はファンの間でも語られることの少ない隠れた名曲があります。それが1942年に発売された「青い花瓶」です。

この作品には、戦時下という時代背景だけでなく、古賀政男が生み出した和製タンゴとしての魅力、そして筆者自身が制作した幻の私家版映像カラオケにまつわる忘れられない秘話が存在します。

今回は、「青い花瓶」が誕生した背景と、二葉あき子本人にもご協力いただいた映像制作の舞台裏をご紹介します。

目次

二葉あき子「青い花瓶」は戦時下に生まれた隠れた名曲!

二葉希子全集3の表紙にある挿絵を用いた
カラオケ動画のオープニング
A面「バリ島の舞姫」(作詞:佐藤惣之助、作曲:服部良一)、
B面「青い花瓶」(作詞:西條八十、作曲:古賀政男)

「青い花瓶」は、西條八十作詞、古賀政男作曲による作品で、1941年12月、太平洋戦争開戦のわずか3日前にレコーディングされ、1942年7月20日に発売されました。

この作品は、戦時下でありながら和製タンゴとして制作された貴重な一曲です。

当時、タンゴ発祥のアルゼンチンは中立国だったため、敵性音楽とは見なされず発売禁止を免れました。

古賀政男は青春時代からハバネラやタンゴのリズムを好み、1938年から1939年に外務省の音楽文化親善使節としてハワイ、アメリカ本土、さらにタンゴの本場アルゼンチン・ブエノスアイレスを訪問しています。

その経験が帰国後の作品づくりに生かされ、「青い花瓶」という隠れた名曲が誕生したのです。

この作品は後年、NHKのステージでも声楽家・菅原やすのり氏によって「古賀政男の隠れた傑作」として紹介され、多くの音楽ファンの注目を集めました。

二葉あき子との交流から生まれた「青い花瓶」の映像カラオケ!

青い花瓶にチューリップを挿して微笑む二葉あきこさん

筆者は二葉あき子さんのご家族との交流を通じて、二葉あき子全集の編集を担当されたコロンビア文芸部の清水英雄さんと知り合う機会をいただきました。

そのご縁から、松島詩子記念・全日本歌謡コンクールが開催された山口県柳井市へ同行し、松島詩子さんのご令息や、作曲家・江口夜詩氏のご令息(江口浩司さん)をはじめ、コロンビアOBの皆様とも交流するという貴重な経験をしました。

さらに翌日、柳井市の白壁の街並みを散策していた際、一軒の雑貨店で美しい青い花瓶を見つけます。

その瞬間、「青い花瓶」の歌詞に登場する情景を映像化したいというアイデアが浮かびました。

歌い出しの「青い花瓶にチューリップ挿せば 甘い微風 明るい月夜」という世界観を忠実に再現するため、青い花瓶とチューリップの造花を購入し、映像制作の準備を進めました。

二葉あき子本人出演による幻の私家版カラオケ制作秘話とは?

チューリップを挿した青い花瓶の前でカメラに向かって手を振る二葉あき子さん

帰宅後、筆者は購入した青い花瓶とチューリップを二葉あき子さんへお渡しし、映像カラオケ制作へのご協力をお願いしました。

すると二葉さんは快く引き受けてくださり、月明かりの中でチューリップを青い花瓶に挿すシーンを実際に撮影することができました。

こうして完成したのが、二葉あき子さん本人が出演する唯一無二の私家版映像カラオケです。

この映像は市販されることのない極めて貴重な作品となり、その後、山口県で慰問活動を続けられていた山根徹氏が広島市内の老人福祉施設を訪問された際にも上映されました。

懐かしい歌声と映像は多くの入所者の心を打ち、大きな反響を呼びました。

音楽には時代を超えて人々の記憶を呼び覚ます力があることを、改めて実感した出来事でした。

まとめ

  • 「青い花瓶」は1942年発売の古賀政男・西條八十による隠れた名曲です。
  • 戦時下でも発売された貴重な和製タンゴの作品でした。
  • 柳井市で見つけた青い花瓶が映像カラオケ制作のきっかけとなりました。
  • 二葉あき子本人出演による唯一無二の私家版映像カラオケが完成しました。
  • 完成した映像は慰問活動でも上映され、多くの人々に感動を届けました。

「青い花瓶」は、戦時下に生まれた名曲であると同時に、人と人とのご縁から新たな命を吹き込まれた作品でもあります。

今後も、このような貴重なエピソードを後世へ伝えていくことが、昭和歌謡文化を守り継ぐ大切な役割ではないでしょうか。

前回の記事はこちら↓をご覧ください。

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