Netflixで島倉千代子の「人生いろいろ」が再び注目を集めています。
その流れの中で、彼女が52年前に二葉あき子さんの名曲「ミス仙台」を再演していた事実に関心が高まっています。
昭和初期に誕生したご当地ソングが、なぜ1974年に島倉さんの歌声で蘇ったのでしょうか。
そして、90年前の曲が今も通信カラオケDAMで歌えるという驚くべき事実もあります。
今回は、その背景にある“意外な理由”を紐解いていきます。
島倉千代子が継承した二葉あき子の名曲・ミス仙台とは?

「ミス仙台」は1936年(昭和11年)に二葉あき子さんが吹き込み、仙台七夕まつりのPR曲として誕生しました。
作曲は古関裕而、作詞は西條八十という豪華な顔ぶれで、発売直後から仙台で大評判となりました。
七夕飾りが街を彩る中、蓄音機から流れる二葉さんの歌声は、まさに祭りの象徴として親しまれてきました。
この曲は好評のため、西條八十が新しく詩をつけ、同年12月に「乙女十九」として再び二葉さんの吹込みで全国版が発売されており、昭和歌謡の中でも特に文化的価値の高い作品であるといえます。
また、90年前の曲でありながら、「ミス仙台」は現在も通信カラオケDAMに二葉さんの歌唱曲として収録されていることは、その歴史的価値が現代でも認められている証拠でもあります。
島倉千代子が1974年に「ミス仙台」を再演した理由とは?

島倉千代子さんが「ミス仙台」を再演したのは1974年7月1日。
ちょうど仙台七夕まつりの直前という絶妙なタイミングでした。
当時の島倉さんは全国の地方営業で圧倒的な人気を誇り、「ご当地ソングを歌わせると強い歌手」として再評価されていた時期でもあります。
一方、二葉あき子さんは60代手前に差し掛かり、名曲の象徴としての活動が中心となっていました。
そのため、レコード会社としては、二葉さんの名曲を次世代の看板歌手に継承させるという戦略が自然に成立していたのです。
さらに1970年代は、レコードをはじめ、テレビやラジオで戦前・戦後の歌が再評価される“昭和初期の歌謡曲リバイバル期”。
古関裕而作品や西條八十の詩が再び注目される中で、「ミス仙台」を島倉さんが歌うことは時代の流れにも合致していました。
島倉千代子の歌声がミス仙台に選ばれた理由とは?

島倉千代子の歌声は、明るく柔らかく、情景描写に優れています。
「ミス仙台」の持つ四季の移ろい、七夕の幻想的な雰囲気、杜の都の情緒を表現するには、島倉さんの声質が最適でした。
また、島倉さんは全国のファン層が厚く、地方色の強い曲でも広く受け入れられる稀有な存在でした。
「ミス仙台」を全国に再び届ける役割を担えるのは島倉さんしかいなかったと言っても過言ではありません。
仙台市が観光PRを強化していた1970年代前半という時代背景も重なり、島倉版「ミス仙台」は“七夕の季節に合わせた再発信”として大きな意味を持っていたのです。
まとめ
島倉千代子さんが二葉あき子さんの「ミス仙台」を継承した背景には、仙台七夕まつりのPR、昭和初期の歌謡リバイバル、島倉さんの歌手性、二葉さんの名曲の継承という複数の要素が重なっていました。
そして驚くべきことに、1936年に誕生したこの曲は、現在も通信カラオケDAMで歌うことができます。
90年の時を超えて愛され続ける「ミス仙台」は、まさに昭和歌謡の“生きた文化遺産”と言えるでしょう。
Netflixで島倉千代子が再注目されている今こそ、彼女が継承した名曲の背景を知ることで、昭和歌謡の奥深さをより味わうことができます。


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